18/04/14 「謎のX探査機」としてのマインドフルネス | 山下良道師法話まとめ

18/04/14 「謎のX探査機」としてのマインドフルネス

18/04/14 「謎のX探査機」としてのマインドフルネス

http://www.onedhamma.com/?p=6576

 

われわれは宗教とか瞑想ということで、何をしているかというと「謎のX」の解明をしようとしていると言える。マインドフルネスとは、「謎のX」を解明するもっとも正確な方法である。探求のしかたは、科学と全く一緒で、マインドフルネスを巡り我々が知っているのは、今年2018年時点での結論なので、今後、新しい理論、発見によって塗り替えられるべきものである。

謎のXさえ解明できれば、仏教の中でキリスト教の中で、いままでなかなか理解できなかった経典が、すんなりと読めるようになる。お釈迦さまの教え、イエス様の教えを理解する事が出来るようになるから。

 

マインドフルネスがなかったときは、肝心なところに入って行くことが出来ず、入るための準備だけで終わってしまっていた。下準備に終わってしまったら、あまりにもったいない。「謎のX」の中に入ることで、今までの苦労がすべて報われる。

「対象を設定して、それを好き嫌い評価なしにありのままに観察する」というのが、マインドフルネスの定義になる。この「観察」というのが、日本の禅の伝統のなかで坐禅をしてきた人にとって、ほとんど馴染みがないので、もしそれを理解できたら、画期的なことになる。

 

我々は普段何をしているかというと、常に頭の中で映画を作ってしまっている。何かいいものを捕まえようとすることで、逆に悪いものを攻撃することによって、なんとか幸せになろうとしているのが、我々が普段やっていること。しかし、全然うまくいかない。すべてが映画だったのだとまず気づく必要がある。

観察することと、こころが作る「映画」が、いったいどういう関係になっているのかはっきりしないとマインドフルネスの本質をとらえたことにならない。


世間で注目を浴びているマインドフルネスでは、あなたの感情(怒りや貪り)に気づきなさいと言われる。世の中の大部分が「もっと怒れ、もっと貪れ」という流れになっているなかで、「怒りや貪りに気づきなさい」というのは画期的な視点である。

あなたが怒っていることに気づきなさいとは、怒りの対象をめぐって膨れ上がった映画を、それに巻き込まれずに横から見ることをさす。全部こころが作ったトリックだったのだと、映画の横から気づくことで、われわれは全く違う場所へ飛んで行くことが出来る。まるで悪い夢から覚めたように。これがマインドフルネスの奇跡である。

マインドフルネスが、いま人類全体に奇跡を起こしつつある。まるごと自分が映画にズブズブに入っていたことに気づき、全部映画に過ぎないと見破ることが起きつつある。そして見えてくるのは、マインドフルネスである主体は、別の世界に所属しているということ。普段生きている世界(第四図)と、マインドフルネスが存在する世界(第五図)が次元が違う。マインドフルネスはこの世界の外にあり、われわれは二重構造となっている。

 

評価なしとらわれなしの観察はこの普段の私にはできない。私たちは好き嫌いや評価、とらわれの存在そのものだから。今までの私(第四図の私)がマインドフルネスになることはあり得ない。映画に過ぎないと見破っているもう一人の私(第五図の私)、その私はすべてが映画だと観察してる。

もう一人のわたし、映画の外にいる私は、評価やとらわれなしに観察できる私。そこは慈悲の存在でもある。だから、慈悲を手ががりにしてそこにジャンプしようとする。それには今までの私がいったん死ないとだめなのだが、エゴの私は死にたくないと抵抗する。

マインドフルネスのキーポイントはエゴが自分ではない、ということ。エゴのまま、マインドフルネスの場所には行けないので、それを手放さなくてはいけない。そしてジャンプした先に対する信頼がなくてはいけない。

この信頼を一番持っているのは、今まで宗教の伝統のなかに生きてきた人間。どうしようもないエゴと、そこを超えたところにある「何か」を、肌で知っているひとたち。マインドフルネスを宗教と切り離すことは無理である。宗教の世界では、今まではどうジャンプするかわからなかった、でもそこにマインドフルネスという橋が架かったのである。誰もが向こう側へジャンプできるようになった。

 

 

 

 

キリスト教も仏教も、エゴを超えた「何か」に深い信頼があり、そのいわば「謎のX」とも呼ぶべきものを探究し続けてきたと言える。その謎のXをうけいれる準備が整っている状態で、マインドフルネスという具体的な橋が架かれば、直接その「何か」に触れることができ、体験する事が出来る。すごい時代に入ってきたことに、ワクワクしています。それが単なる想像でもなく、言葉でもなく、実際に分かる。

マインドフルネスが感情に気づく、怒りに気づく、というレベルではなく、全部映画に過ぎないのだと見破る、すべてが映画なんだと観察すること。これがどれだけ凄いことなのか、どれだけの苦しみを救うかと実感しています。

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| 07:27 | comments(0) | - | pookmark |
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