18/04/01 「観自在菩薩」と「光明マンダラ」と「マインドフルネス」を繋ぐもの | 山下良道師法話まとめ

18/04/01 「観自在菩薩」と「光明マンダラ」と「マインドフルネス」を繋ぐもの

18/04/01 「観自在菩薩」と「光明マンダラ」と「マインドフルネス」を繋ぐもの

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ヨーガの指導者を志した時から、佐保田鶴治先生は、その書籍を拝読することで、強く影響を受けてきた、私にとって憧れの存在でした。佐保田先生のおかげで、これまでヨーガを深く学ぶことが出来、その素晴らしさを知ることが出来ました。

その佐保田鶴治先生の伝統を受けつぐ「日本ヨーガ禅道院」のご仏壇で、佐保田先生のご位牌にご挨拶することが出来ました。みなさんと一緒に、山下先生の法話を拝聴し、ヨーガと瞑想をすることが出来て本当に感無量でした。

法話をまとめさせていただきました。

 

佐保田先生は光明マンダラを通して「光」というものを重要視されていた。

ではその光と、最近ヨーガでも大きなテーマになっているマインドフルネスがどう繋がるのか。今のマインドフルネスの本や記事、テレビ番組を見ても、この光については、何もでてこない。しかし、この二つは繋がるというか、それそのものである。

般若心経の最初に出てくる「観自在菩薩」とはいったい誰か?「観」とは「ありのままに観ること」で、それは「マインドフルネス」のことである。光明と般若心経、そしてマインドフルネス、実はこの三つが繋がっている。光明はある偉い人に特別に見えるという話ではなく、誰もが見えるものである。

 

マインドフルネスを素直な日本語に訳すと「気づき」となる。どういう風に気づけばいいかというと、好き嫌いなしに気づく、ありのままに気づく、評価なしに気づく、となっている。我々の心をありのままに観察することが、ヴィパッサナーなんだよ、という話になる。しかし、これだけでは光も観自在菩薩とも繋がってこない。

自分の心に気づくとはどういうことか。あなたが誰かに怒りを持っている、と気づきなさい。

私がいろんなものを対象として考える。それに対して怒りや貪りを感じる。


例えばパートナーに対して怒っていて、その怒りが膨れ上がる。そこには私と怒りの対象しかない。そのとき、「私が誰かに対して怒りを持っている」ことそのものに気づきなさいと、言われる。ここでまったく違う方向から来る視線が強調され、いままで考えたこともない方向なので、不意打ちを食らい、怒りはいつの間にかなくなっている。怒っていると気づくだけで、怒りから出ることができる、怒りに閉じ込められているということに気づくことで、そこから自由になる。

最初の一回はそれに気づくというだけで、奇跡が起こってそこから出ることが出来る。怒っている事に気づくという視線は、今までの人生にはなく、初めての事なので、このぐちゃぐちゃから出ることが出来る。これがマインドフルネスが世間に席巻している理由。マインドフルネスの奇跡とも、マインドフルネスの魔法とも呼ぶべきもの。

 

般若心経の主人公である「観自在菩薩」の「観」は観ることであり、つまりマインドフルネス。般若心経はマインドフルネスのお経。
観るのが自由自在になる。今までの私は不自由。マインドフルネスを習った最初だけは、怒りそのもの気づいて無くなったのに、しばらくすると、いくら怒りに気づいても怒りが止まらない、というのが現状。

怒ったり、執着している私。そのことに気づいている私。二つの私は、全然違う私、というのが鍵である。ここがはっきりしなかったので、いままでの自分で気づいても奇跡は起こらなかった。奇跡は一回のみだった。

「観自在」つまり観ることが自由自在にできるとき、その自分はどこにいるかというと今の自分の外にある。般若心経は第五図からみた世界を描写したもの。

 

マインドフルネスの急所は今までの自分(第四図)とそれに気づいている自分(第五図)が全く違う自分なんだと言うこと。

今までの私は、モンキーマインドで一日中いろんな事を考えている。
何が苦しいのか、何が自分を苦しめているのか、それは自分自身の心である。未来の心配や過去の出来事を常に思い出している自分の心が苦しみの原因。

我々がこの場所(第五図)に立ったとき、そこは光の世界。この世界はもともと光で出来ている。それに対して、頭の中の映画にはまり込んでいる我々には、光など見えていない。

瞑想は現実からはなれた神秘の世界に行くのではなく、今までの妄想の映画の世界(第四図)を離れて、リアリティの世界(第五図)に戻ってくること。そしてリアリティの世界とは光の世界。

 

思い込みの世界、妄想の世界を出て、この世界が光で出来ていると知る。普段の私たちは、一日中考えごとをしている、だからそこから出るための最初の手段は身体を感じることによって、一日中考えているのを止めて、妄想世界から出る。

瞑想は現実逃避ではなく、現実に戻ること。今までが妄想の世界に生きていた。
光の中にマインドフルネスがあり、そこは自由自在に観れる場所。
そこには生も死もない世界なのである。

 

※※※※※

 

瞑想の本尊である「光明マンダラ」を拝見し、その美しさ、エネルギーに圧倒されました。佐保田先生が光をなによりも大事にされていたのだと分かり、本当に感動いたしました。光を本尊とされ、瞑想されていたとは、存じ上げませんでした。そして般若心経も大事に唱えられていたようで感激でした。佐保田先生も同じように光の中でヨーガをされていたのだと、それをずっと残して伝えていきたかったのだということがはっきりと分かりました。

「光の中のマインドフルネス」と佐保田先生の「光明マンダラ」が繋がり、ヨーガ行者として最高の瞬間に立ち会えたことがとても嬉しかったです。山下先生が私たちの本質が光だと伝えていらっしゃることと、佐保田先生の伝えたかったことが一緒だったと知り、深い感動と驚きを感じています。

この日本ヨーガ禅道院での会で感じた事、学ばせていただいた事が、これからヨーガとマインドフルネスを伝えて行く活動にも大きな自信になりました。
日本のヨーガ会が大きく変わっていく分岐点になりそうです。

| 05:57 | comments(0) | - | pookmark |
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