18/03/04 「第五図を前提とするマインドフルネス」への不可逆的な流れ | 山下良道師法話まとめ

18/03/04 「第五図を前提とするマインドフルネス」への不可逆的な流れ

18/03/04 「第五図を前提とするマインドフルネス」への不可逆的な流れ

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一法庵の瞑想は第四図、第五図が肝であり、第五図が標準になる時代がついにきた。「第五図を前提とするマインドフルネス」と「第五図を前提としないマインドフルネス」。今、圧倒的に多いのは「第五図を前提にしないマインドフルネス」である。

マインドフルネスの日本マインドフルネス学会の定義はこうなります。「マインドフルネスとは、今この瞬間の体験に意識を向け、評価をせず、とらわれのない状態でただ観ること」今この瞬間の体験、つまり身体の感覚や呼吸、感情などに意図的に意識、注意を向ける。そのうえでそれらを、評価せず、好き嫌いのない、にとらわれのない状態で観るのがマインドフルネス。

 

なぜマインドフルネスは、第五図を前提としなくてはならないのか?の答えもここにある。「評価やとらわれのない状態で観る」のが原理的に不可能だから。努力さえすれば到達可能なことではないから。とらわれ、好き嫌い、評価は、自分の洋服の上についたゴミのようなもので、ゴミを払っていけば綺麗になると、いうものではない。評価ととらわれとは、自分自身そのものなのである。だからそれを取り払うことは、原理的に不可能。

 

「相手に寄り添いなさい、相手と共にありなさい、相手をジャッジしてはいけない、あるがままに受け止めなさい」というのは社会福祉の理想である。この理想に惚れ込んで、それが出来たらどんなにすばらしいだろうとがんばるが、できない。どうしてもジャッジしてしまう。理想を実現したいと思っているのに、実現できない。邪魔するのは自分自身だという絶望。

マインドフルネスが社会福祉の理想を実現するカギになると思っていたのに、マインドフルになれなかった。熱く信じている人だからこそ、できない自分に気づく。自分自身がジャッジやとらわれから逃れられないことで苦しむ。それがあってこそ第五図の必然性が出てくる。

 

反対に理想が実現できない自分に苦しまない人たちもいる。社会生活ができない人に対してのマインドフルネスを、社会復帰だけを目標とする。つまり、目標値を低く設定している。理想を高く掲げていないから、理想が到達できないからと苦しまない。しかし、当然これでは生老病死の問題まで解決できない。

最近の一法庵のテーマであった「寄り添わない」と言う話が、先日の関西学園で苦しんでいる人たちに命がけで寄り添っている人達に対して通じた。「寄り添わない、グリーフケアが必要じゃない」という言葉の真意が伝わった。

私たちは、映画によって苦しめられているのだから映画そのものから出ることが苦しみからの解放となる。これが分かれば多くの人が救われる。寄り添はないと言う事は、「あなたの映画の中に入ってあなたのなかの映画の中の敵を一緒に糾弾することはない。」ということ。映画の中から救い出すために。

 

そして生老病死は存在しない、生老病死そのものが映画なんだと言うこと。それこそが人生の最後を迎える介護や福祉、医療の現場にとって一番必要なこと。医療介護の未来が見えてくる。福祉の理想を掲げて、その実現をできなかった人が第五図に入っていくことで、「第五図を前提としたマインドフルネス」へのアップデートが起こる。前に進んで行くにはこの道以外にはない。

第五図に入った瞑想の先生達の話は大変素晴らしく説得力がある。でも素晴らしいと思いながら、それを自分がやろうとしてもできない、という事がある。自分と先生のいる次元の区別がつかないので、第四図で先生のようにやろうとしても出来ない。

 

ティク・ナット・ハン師の言葉に「苦しみを嫌がったり、消そうとするのではなく、優しさいっぱいに抱いてあげます。しっかりと見つめてよくあやしてあげると落ち着かせることが出来ます」とある。そのようにネガティブなものを、赤子のようにあやしていくという言葉はものすごく説得力があるが、第四図ではそのようにできない。第五図にいる人を第四図でまねすることは出来ないのである。

ハン師は第四図を歴史的次元、第五図を絶対的次元と示している。第五図は特別な人だけが実感できるものではない。ワンダルマ・メソッドによって誰でも実感することが出来る。第五図を実感すれば、テキストもハン師の言葉も理解することが出来る。

福祉や介護の理想、マインドフルネスの定義を、「それが出来たらどんなに素晴らしいだろう」と一生懸命理想に向かって努力してきた、そしてそれが出来ないと絶望した人達。患者さん、そして自分自身に真剣に向き合い、出来ない自分をごまかさなかった誠実な人達に、「寄り添わない」真意が伝わったのだという事がよく分かりました。

 

誠実に正直に本気で取り組むが、それが出来ない自分に気づき、絶望に突き落とされる。しかし、その闇を知っているからこそ、人間が二重構造であること、第五図の存在がすんなりと受け入れられる。

ごまかさない生き方が、結果として第五図への導かれるのだと感動しています。
そして、特別な先生だけではなく、誰もが第五図を実感できるワンダルマメソッドが存在することが、本当にありがたく、素晴らしい事だと思います。日本のマインドフルネスが、「第五図を前提としたマインドフルネス」へとアップデートが始まり、大きく前進していくのを感じています。

| 05:39 | comments(0) | - | pookmark |
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