18/01/14 14歳の直感は、やっぱり的を得ていたのか | 山下良道師法話まとめ

18/01/14 14歳の直感は、やっぱり的を得ていたのか

18/01/14 14歳の直感は、やっぱり的を得ていたのか

http://www.onedhamma.com/?p=6464

第四図と第五図は知的インフォメーションでもコンセプトでもない。
そういう考え方もあるよね、というものではなく、これで人生が救われる、このことをわかるために生まれてきたというほど重要なものと思えるか?
それは第四図にどれだけ絶望していたかによる。

子供時代の夢から覚めた14歳で世界に強烈な違和感を抱いたか?
第四図の世界が苦しみの世界そのもので、何かがおかしい、認識がおかしい、第四図の世界しかないと思わされているのは嘘ではないか。このあたりを直感できるかどうか。第四図しかないところで幸せを求めるのは最初から負け戦。
もちろんある程度は勝つことができるが、どんなに勝っていても最終的に負け戦になるのである。

大人たちが教えてきた世界のあり方に違和感を感じるのは、実は最初から第五図をわかっているからであり、それなのに、間違った第四図の世界観を押しつけられたために、抵抗することになる。でも、あまりにも世間が「第四図」一色で染まっているので、自分の直感の正しさに確信がもてずに苦しむ。

「第五図を真実とする」ということにおいて、仏教もヨーガもキリスト教も共通である。ヨーガも第五図を自覚するためのひとつのシステムであり、第五図でなかったら瞑想もヨーガも、仏教もキリスト教も成り立たない。第四図のままでは経典は矛盾ばかりで読みとくことができない。第五図がわかったら経典が、何の矛盾もなく読みとけて納得が行く。

仏教の僧侶やヨーガの指導者でも第四図しかない、という価値観の人が多く存在する。第四図しかないという人で構成された組織しかないのだったら、無所属でいる方がいい。間違ったところに所属するくらいなら、しないほうがいい。無所属をつらぬいた人たちが本当に所属できる場所は第五図なのである。

自分自身幼い頃から、大人たちの押しつけてくるものが受け入れられず抵抗し続けて来ました。第四図しかないという組織の中で苦しみ、激しく否定される事で、自分にとって何が大切なのかが分かりました。真理を探究することを押さえ込んでまで他の価値観を受け入れることができない。私自身もそのような体験をしました。

そのような狭間で苦しむ人、どこかにしまい込んだはずの「14歳の違和感」が時折り顔を出し、何かがおかしいと感じながら生きている人は多いのではないでしょうか。そのような人たちが第五図を思いだし、第五図が本当に所属できる場所だと分かったら素晴らしいことだと思います。

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| 14:19 | comments(0) | - | pookmark |
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