17/09/10  「本当の終活」を、今日から始めよう | 山下良道師法話まとめ

17/09/10  「本当の終活」を、今日から始めよう

17/09/10 「本当の終活」を、今日から始めよう

http://www.onedhamma.com/?p=6339

 

本当の終活とは何なのか?

老後の生活費の工面、遺言書の作成、お墓の準備、というレベルではない「本当の終活」を明確に示してくださいました。仏教がおとぎ話でなくリアルに実体験できるものであり、どう生きたらいいのか、なぜ今まで信じきれなかったのかを分かりやすくお話してくださいました。

 

阿弥陀様は西にある浄土にいらっしゃる、地蔵様は南の浄土にいらっしゃる、という話は平時には役に立つかもしれないが、非常時には役に立たない。苦しいなかで自分を本当に救ってくれるのか分からないのなら、本当の安心にはならない。阿弥陀様やお浄土をどれだけ想像しても、絵に描いてみてもそれは想像上の話。あるのかないのか分からないし、すべてが嘘かもしれない。現代では、もはや圧倒的に信じない人が多い。信じたくても信じられないのが現状。

 

今までのようなフィクションではなく、お浄土は本当に存在すると実感しない限り、これ以上仏教が続くのは無理である。お浄土があると本当には思えないから、お浄土があるという前提で成り立っている葬儀が意味を持たなくなった。その結果、葬儀は何のためにやっているのか?という疑いが出てくる。お寺を支える意味も失われて行く。

 

しかし、お浄土は実在し、確かめることができるものなのだ。では、お浄土をリアルに体感するにはどうしたらいいのか?お釈迦様は最初から「マインドフルでいなさい」と教えて下さっている。それが浄土の実在をリアルに実感する急所。我々には、日本仏教がこれまで持たなかった秘密兵器である「マインドフルネス」があり、お浄土が存在するのを本気で確かめることが出来る。

 

第四図そのものが頭の中のフィクションに過ぎない。第四図的世界観に立っている限り、この世界のある場所にお浄土が存在しているのだろうと理解してしまう。同様にマインドフルネスも、第四図の私の「気づき」と理解すると、認知の歪みや行動の歪みが苦しみを生んでいるのだから、認知を修正し行動を正せばいい、となる。

 

これは頭で考えたら全部もっともな話だが、これを自分に当てはめて実際にやってみたら、出来るわけがないということが分かる。認知の歪みをどうすることもできず、慈悲を育てることもできない私。認知の修正も慈悲をは絶対に出来ないと見えてきてしまう。患者の立ち位置に立った時に今までの頭だけの理解が全部崩壊する。

 

これまで、第四図でお浄土や慈悲、マインドフルネスを理解しようとしていたが、すべて間違いで、何故ならこれはすべて第五図の話だから。仏教で何を繰り返し説かれてきたかというと、全部第五図の話なのである。

 

正法眼蔵の「唯仏与仏の巻」の中の「現身度生」という言葉がある。

普通は「救う観音様」と「救われる衆生」が二つに別れで存在していると理解してしまう。二つが分かれている限り観音様は本当にいるのか?という疑いから離れられない。観音経を表面的に読むと、ピンチになった時に観音様が現れてくれて救ってくださると書いてある。私がいて観音様がどこか遠くにいて、観音さまが助けてくれる、という構図は第四図の理解。

 

そういう構図である限り、観音様がいるという確証など得られるわけがない。観音様がいたらいいよね、という希望的観測の話になって、観音様がいないかもしれないという不安から逃れられない。そのうちいるわけないとなり、観音様がいるという前提のもとに成り立っていたすべての仏教的儀式が崩壊してしまう。

 

我々が第五図としてあらわれることが現身であり、それが衆生を救う(度生)。第五図としての私はすでに救われているから。第五図がお浄土であり、苦しみないが一切ない世界。極楽は苦しみが成り立つ条件がない世界であり、自分とは一切関係ないから他力である。自力は四図の中に生きている人の力に過ぎない。

 

本当の終活は、このようなことを本当に知って生活の中に入れていく。生涯の終わりに、一片の疑いもなく信じられるようになること。そうしたら、不安なしに残りの人生を生きていける。

今の終活とは将来の計画をたてるといっても、80や90才までの毎月の生活費を工面、入院保険やお墓の準備とかのレベル。ではその先、どうするのか?肝心かなめの準備はしてない。圧倒的に大事な事の準備がないし、そもそも準備ができるとは思っていない。

 

 

★★★★★

 

私は一法庵との出会いのおかげで、本当の終活が出来て、幸せです。ワンダルマ・メソッドによって、死んでも死なない命を確信することができたからです。また、私自身だけでなく愛する人や大切な人も「死んだら終わり」ではないということが分かり、大きな安心に包まれながら日々の生活を送ることが出来ています。

この世界観の転換により、どれだけ人生が変わったか、この恩恵ははかり知れません。仏教はフィクションではなく、本気になって求めていけば確かめられる、実体験できるという力強いメッセージを感じました。

本当の終活が、介護や医療の現場にも広がっていくことを願います。9月30日の新宿朝カルでの大井先生との対談もとても楽しみにしております。

いつも素晴らしいお話をありがとうございます」

| 23:57 | comments(0) | - | pookmark |
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