17/10/01 グリーフ・ケアはもはや必要ではない | 山下良道師法話まとめ

17/10/01 グリーフ・ケアはもはや必要ではない

17/10/01 グリーフ・ケアはもはや必要ではない

http://www.onedhamma.com/?p=6368

 

朝日カルチャーセンターでの大井玄先生との対談で話題になった「グリーフケア」について更に分かりやすく、詳しくお話くださいました。

大切な人を亡くした人の悲しみをケアしていこう、話を聴いて元気に生きていけるようにしよう、というのがグリーフケア。「グリーフケアが必要ではない世界(第五図)」と「グリーフケアが絶対に必要だという世界(第四図)」が存在している。表面的なグリーフケアは必要ない、本当の意味でのグリーフケアは第四図には存在しないのである。瞑想によって悲しみをだんだん減らしていく、という話ではない。

世間の人たちは、亡くなった人々は帰ってこないと強烈に信じきっている。私とはこの肉体で、脳みそが意識、感情を生んでいる。それが私に過ぎない、と思っている。生まれる前から世界が存在していて、そして何年かの間その世界で生存し、やがてこの世界から消えていくと思っているから死ぬのが怖い。

でも、本当にそうなのだろうか?世界はどうもそういう風に出来ていない。

瞑想によって何を知るかというと、我々の本質は、この世界の外にあるのだということ。マインドフルネスは、外からこの世界を観ている意識のあり方である。

大井先生は、看取り医として患者さんの人生の最期に立ち会ってこられた。医療においては、看取りや認知症は敗北の現場。しかし、大井先生は、看取りや認知症という角度から真理に迫ろうとされていた。医学が敗北したところ、脳みそが壊れた状態の人達と話していく中で、この世界がどう出来ているのか、と。

看取りや認知症は敗北の現場ではない。本当の真理の入口なのである。私の愛する人が消えてしまったつらい現場でありながら、愛する人の本質を知る現場。大事なものがあらわれる、聖なるものに触れる場所。一番大切な人を亡くすことは辛いことだけれども、最も大事なことを学ぶ事ができる。「私が愛した人は肉体ではなかった」と。死ぬことで一番大切なことを教えてくれた。

第四図だからこそ、生と死が成り立つ。死の恐怖から離れられない。しかし第五図は生と死の問題が問題として成り立たない。
私とはこうゆうものだ、という思い込み。死んだら終わり、という思い込み、それを捨てる。

それがわかれば、これからの医療や福祉の目的が変わる。どうやって看取りを大事にしていくか。看取りから人生において大切なものを学んでいく事が目的となっていく。私たちが一番恐れていたものが、私たちを救うものになっていくのである。

私自身、両親とも他界し、介護も経験し、看取りの現場に立ち会う事が出来ました。愛する人の心臓が止まって行く時、肉体は確かに役目を終えたけれども、愛する人は消えてなどいないのだと確かに感じました。最期に一番大切なことを両親は教えてくれていたのだと感謝の気持ちでいっぱいになりました。

第五図を知り、その感覚が正しかったのだと分かりました。そして第五図に触れ、そこには悲しみが存在しない、グリーフケアが必要でない世界だと分かります。

山下先生が「人生の根本的な問題を解決するという志を高く持って欲しい」とおっしゃって下さいました。第五図が私たちの本質であると知ることは、生と死の問題を解決することであり、本当に何よりも大切な事であると感じています」

| 23:45 | comments(0) | - | pookmark |
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