17/11/04 お浄土の光の中のマインドフルネス | 山下良道師法話まとめ

17/11/04 お浄土の光の中のマインドフルネス

17/11/04 お浄土の光の中のマインドフルネス

http://www.onedhamma.com/?p=6408

 

 

名古屋マインドフルリトリートに参加させていただきました。素晴らしい崇覚寺本堂で、「お浄土の光の中のマインドフルネス」について話してくださいました。

 

今までのマインドフルネスは「心を強くするマインドフルネス」であり、お浄土とマインドフルネスが結びつくことはあり得なかった。

健康で働き盛りの人たち、現役バリバリの世代のため、心が強いリーダーのためのマインドフルネスが現状である。しかし、人間の働き盛りはすぐ終わり、退職してやがては病気になり死んでしまう存在。

 

「お浄土の光の中のマインドフルネス」は生死の問題の解決がつく。第五図が自分の本質だと分かれば、生老病死はもともと存在しない、生死の問題そのものが存在しないと分かる。

 

瞑想の素晴らしい指導者から、身体の感覚や心などに「気づきなさい」と言われ、それを実際にひとりでやってみても上手くいかず、何年たっても人生に変化が起こらない。先生たちも生徒たちが気づけない理由がピンと来ず、「気づきなさい」と言うだけで、なぜ気づけないかという本当の理由が指摘されないできた。

 

素晴らしい瞑想の指導者が100%の慈悲と善意で教えてくれるマインドフルネスが、何故うまくいかないのか?それは、先生と生徒の住んでいる世界がそもそも違うから。その瞑想の指導者は第五図を既に生きていて、生徒である我々は第四図を生きているから。

第四図はモンキーマインドの世界だから0.1秒も対象にとどまれない。第四図の人間が何かに気づいているということは出来ない。

 

だからこそ第四図から第五図にどう転換するかという戦略を立てないといけない。まずは微細な感覚を感じることにより、シンキングマインドが落ちて映画のプロジェクターが止まり、映画の世界が消えていき第五図へ入っていく。体の微細な感覚を感じる事で第五図の入口に立ち、慈悲の瞑想をすることによって決定的に入って行ける。

 

「私が幸せでありますように」と言った時に、ピッチャー交代が起こり、私の外へ立っている。

第四図の私が第四図で気づこうとして失敗している。五図の中にいるという事が大事であり、まず第五図へ行くこと。この説明が決定的に欠落している。この第五図への転換なしには何も始まらない。第四図と第五図は次元の違う場所であり、第五図は慈悲が材料である。

 

慈悲がないとこの転換が起こらない。第五図がお浄土であり神の国。第四図の私が全てではない、第五図が私の本質だと分かれば、生死の問題自体が無くなり、問題として意味をなさなくなる。マインドフルネスはお浄土の光の中にしかないのである。

 

★★★★★

 

マインドフル・リトリートに参加させていただき、実際に「お浄土の光の中のマインドフルネス」、あふれる慈悲を感じながら瞑想させていただきました。崇覚寺さんの素晴らしい場のエネルギーとサンガの力によって、本当に素晴らしい時間を過ごす事が出来ました。心より感謝いたします。ありがとうございました。

 

 

 

| 23:20 | comments(0) | - | pookmark |
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